原爆資料保存委員会の報告(S.25.7発表)

原爆中心地は、ほとんど全域の状態でたまたま被害地域外に旅行中の者、または外出中の者あるいは横穴壕などに入っていたごく僅少の者が被害を受けなかった程度で、町内会長、隣組長等の町内の幹部も大部分死亡または行方不明となたため、正確な調査をすることは困難であった。

原爆資料保存委員会の報告(昭和25年7月発表)によると、当時の被害状況を次のようにあげている。

 死者        73,884人     重軽傷者     74,909人

 罹災人員   120,820人(半径4q以内の全焼,全壊の世帯員数)

 罹災戸数    18,409戸(半径4q以内の全戸数,市内総戸数の約36%)

 全焼        11,574戸(半径4q以内,市内の約3分の1に当たる)

 全壊          1,326戸(半径1q以内を全壊とみなしたもの)

 半壊          5,509戸(半径4q以内を半壊とみなしたもの)


上記の死者73,884人のうち17,358人は、原爆直後死体検視済のものである。昭和20年5月末調査の配給人口が233,935人となっている事実から、原爆直前までの2ヶ月間に、戦況の苛烈化にともなう疎開者の増加と、一方軍需産業就業者の流れ込みを考慮に入れると、原爆直前の人口は、大体21万前後と推定される。 また、昭和25年10月1日実施された国勢調査付帯調査によると、調査時点で生存していた長崎被爆者で原爆当時長崎市に居住していた者の数は131,050人となっている。

   

長崎と広島比較表
長              崎 広            島
昭20.8.9午前11時2分爆発 昭20.8.6午前8時15分爆発
焼失土地面積
2,031,000坪
4,000,000坪
被害戸数 全  焼
  11,574戸
  55,000戸
   ”   全  壊
   1,326戸
   6,820戸
   ”  半壊以上
   5,509戸
   3,750戸
   ”   半  焼
   2,290戸
人的被災 死  者
  73,884人
  118,661人
   ”   傷  者
  74,909人
   82,807人
(行方不明者を含む。)
(注)広島建物被害 S.20.11.30 広島県警発表,人的被害 S.21.8.10 広島市調査を採用